2008年04月26日
小癪なプロ意識
いつも態度は横柄 心は謙虚な明石家さんま師匠
やたらと専門家ぶったり、「プロだから」とか口走る輩に会うと、うっとおしい憂鬱な気分になる。偉そうにいう奴に
は、その中身(仕事の中身)が自己満足でやらなくてもいいことを時間を掛けてしていたり、そんなもん小学生でも
出来るよ と言ってやりたいようなことがある。(RYUCONの場合、人間が出来ていないので本当に言うときもある)
先日、とんねるずの番組でゲストの仲村トオルが罰ゲームで話した体験談。
「若山富三郎先生にはじめて会うとき どう呼んだらいいか迷っていたら、柴田恭兵さんが、「トオル 若山さんで
いいんだ。先生なんかつけなくても、敬意をもって心から”さん”づけで呼べばそれで尊敬の気持ちは伝わるんだ。」
と教えてくれたので、その通りにしようとしたが、若山富三郎先生が「トオル、よくきた。先生の演技をちゃんと拝見して
しっかりと勉強していけよ」と自分から一人称自己敬語でお話になられたので、せっかくの柴田恭兵に教えてもらった
いいことも通用せず若山富三郎先生が亡くなるまでずっと「若山富三郎先生」でとおした」というお話。
とんねるず&柴崎コウ大爆笑
もし若山富三郎が、権威づくの所謂上からものをいう人物だったらこれも、聞いたものにとって嫌悪感でいっぱいの「プロ
意識」だったとおもうが、仲村トオル とんねるず 柴崎コウ そしてテレビの番組視聴者を代表してRYUCONに「いい話
をきいたなあ」とおもわせるのは、若山富三郎に表面の言葉とは裏腹に自らの心の中は非常に謙虚なあたたかいものが
あることが感じられるからで "役者は所詮 河原こじきのなれのはて”とまでいうある劇団の主催者だったかと同じく謙虚
な態度は微塵も無いが「傲慢さ」とは対極のものがあるからだ。ただただムカつく未熟なプロにも "所詮はこれしかできな
いという河原こじきのなれのはて"意識があれば自然と「若山富三郎先生」のように慕われるのではないだろうか。
Posted by コンサルキッド at 21:39│Comments(0)
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